本の紹介:読書日記から5冊【001-005】
【001】劉 慈欣『三体III 死神永生 下』
「とにかくスケールがものすごく大きくて、読むのが楽しい。これに比べたら、議会との日々の軋轢なんかちっぽけなことで、くよくよする必要はないと思えてくるのも(本書を楽しんだ)理由のひとつだね」
オバマ元米大統領の上記発言に偽りはなし。最終巻の本書に至っては超展開の連続で、数ページ毎に驚愕するという、幸福な読書体験だった。
科学技術の未来像に対する豊かな想像力が、そのままストーリーの牽引力となり、次のページをめくらせる。登場する科学用語は理解せずとも楽しめるが、学ぶと著者の発想の非凡さをより味わえる。
【002】ブコウスキー『死をポケットに入れて』
競馬と創作をくり返す晩年の日々。
ぼやきの多い日記だが、まるで目の前で語りかけてくるようなざっくばらんさと、己の愚かさをさりげなく笑いに転嫁する洗練された諧謔精神が魅力。読者に親しみやすい文章で、どんなに読書が億劫な日でも、本書なら気軽に読むことができた。彼の文体に多くのファンが魅了されるのがわかる。
ときどき垣間見える、老いてなお衰えない、創作に対する情熱に心を打たれる。
【003】菊地成孔『次のオリンピックが来てしまう前に』
平成から令和に移る3年間の時事ネタ中心コラム。
彼の音楽とラジオに魅了されっぱなしなので、未経験者に彼の癖ある文章をどう薦めるのが正解か冷静に判断できないのだが……。
奇抜な意見も最後はなるほどと思わせる饒舌な語り。本筋から幾度も脱線するが、小ネタの選球眼が良いためその回りくどささえ魅力的に感じる。時折の口の悪さにも笑ってしまう。(”私の性格は良いとは言えないが、悪さに関して、あいつらの頭とは比べものにならない”)。
自由奔放な意見が多いが、少なくとも音楽に関する文章だけは彼は絶対に外さない。日記に引用した文章もそのひとつ。
【004】アシュリー・ミアーズ 『VIP グローバル・パーティーサーキットの社会学』
元モデルの社会学者による、超富裕層向けVIPクラブのパーティーシーンの様子を描いた民族誌。一晩で巨額の富が浪費される「モデルとボトル」社会を、関係者の取材から分析している。
実態のレポートにとどまらず、《登場人物のほとんどが愚ろかな振舞いと自覚しながら、なぜやめられないのか》まで踏み込んでおり、より普遍的な「権力の構造」についての本としても読める。
フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』の読後感のような諸行無常の響きあり。
【005】ローベルト・ヴァルザー『大都市の通り』
読書の目的は多々あれど、実用的な情報を得るためでもなく、人生の教訓らしきものを学ぶためでもなく、登場人物への感情移入を楽しむためでもなく、ただ、ただ純粋に、その文章を読むことそのものが目的となり歓びとなる読書というものがある。その稀有な例として真っ先に思い浮かぶのがヴァルザーの文章である。
彼の文章はみずみずしく、のびのびとしており、文章を書く歓びに満ち満ちていると同時に、だらしがなく、へりくつで、奇妙にずれている。このとらえどころのない魅力に、後続のカフカやヘッセ、ゼーバルトやクッツェー、日本では小川洋子などの作家たちも虜になったものと想像する。
このへんてこな魅力を手っ取り早く体験するのであれば、本作を初めとする短めの散文を集めた鳥影社の作品集4が読みやすいが、あるいは彼の魅力が炸裂する作品集1の「タンナー兄弟姉妹」をおすすめする。
ヴァルザーの魅力については読書日記【010】にも記載。