本の紹介:読書日記から5冊【011-015】
過去の読書日記に引用した本について、5冊分まとめて紹介。
- 【011】ミラン・クンデラ『笑いと忘却の書』
- 【012】ジャンシー・ダン 『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』
- 【013】コンラッド『シークレット・エージェント』
- 【014】コーマック・マッカーシー 『越境』
- 【015】ジル・クレマン 『動いている庭』
【011】ミラン・クンデラ『笑いと忘却の書』
戦後のチェコの政治的混乱を背景に、集団から弾かれる人間の姿が描かれる。
男女のあけすけな性愛描写が数多く登場するが、チェコの近代史の暗喩として機能している。それは度重なる為政者の交代、その都度不都合な記録を抹消し、過去を書き直してきた「忘却の歴史」のアナロジーである。
特に未亡人タミナの物語。亡夫との思い出が詰まった手帳の奪還に焦り、行きずりの男に体を許した結果、亡夫との最愛の記憶を失う。祖国に過去を奪わた亡命者の心境を象徴しているようで、二重に哀しい余韻を残す。類比の巧みさが随所に光る作品である。
【012】ジャンシー・ダン 『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』
育児をきっかけに悪化する夫婦関係を改善しようと奮闘する夫婦のドキュメンタリー。
カップルカウンセラー、元FBIの人質交渉人、時間管理コンサルタントなど、各分野の専門家の知見を取り入れながら、感情をコントロールする術を学び、相手に敬意を示しながら生活を見直してゆく二人。紹介されるノウハウ以上に、こうした地道な努力を重ねる過程が本書の読みどころである。
同じことは夫婦に限らず、あらゆる人間関係に通じるはず。相手を愛しているのに憎んでしまう経験のある方、その矛盾に現在進行形で苦しんでいる方にも届けたい一冊。
【013】コンラッド『シークレット・エージェント』
19世紀ロンドンの爆破テロに着想を得た群像劇。
大使館のスパイ、その家族、アナキスト仲間、警察、政治家など、登場人物毎に視点が切り替わり、それぞれの心理を克明に語りながら、爆破事件の真相に迫る。真相を知るほど、登場人物たちの消極的な(”怠惰な”)行為の積み重ねが犯行を誘発していたことが分かり、特定の誰かに責任を問うことの虚しさがいくぶん戯画的に描かれている。
表裏のある人物ばかり登場する中、最も表裏がなかった人物が最後に最も変貌する展開は皮肉が効いており、謎解きに意外性のあるミステリとしても楽しめる。
【014】コーマック・マッカーシー 『越境』
手負いの狼を故郷に帰してやろうと、少年は国境を越える。
愛馬とともに駆ける美しい荒野の場面が続くが、序盤の終わり、少年にある決定的な事件が起きる。以降は展開がまったく読めなくなり、最後まで気の抜けない読書となる。
特に少年が旅先で誰かと出会う場面は、毎回緊張が走る。初対面の相手に悪意があるのか、少年同様、読者にも分からないからだ。油断ならない。しかし油断ならないのは、私たちの現実の世界も同じではないか?
境界の内側で安穏と過ごし、用心深さを失いつつあった自分には、目の醒めるような寓話だった。
【015】ジル・クレマン 『動いている庭』
”できるだけあわせて、なるべく逆らわない”──造園家の著者は、植物のふるまいを伝統的な型にはめて管理せず、あるがままの姿に極力委ねるアプローチで、美の移ろいと多様性の驚きに満ちた庭を造ろうとする。
それは雑草の繁茂や外来種の侵入に晒される”荒れ地”をモデルにした造園術であり、絶えず変化する環境にどう呼応するか、柔軟な判断が常に必要とされる。
その試行錯誤から紡ぎ出された著者の言葉には、変化への適応が要求される他のビジネス、さらには人の生き方に通じる普遍性が宿っており、より汎用的な思想書としても読める。
▼本の紹介のバックナンバーはこちら