読書日記【025】名句を思いだす

朝、くすんだ色の雲が幾重にも塗り重なり、霧のような雨が降る。道行く人は誰も傘を開かない。遠くで幽かにセミの鳴く声がして、イヤホンを外す。

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日が落ちる、野は風が強く吹く、林は鳴る、武蔵野は暮れんとする、寒さが身に沁む、その時は路をいそぎたまえ、顧みて思わず新月が枯林の梢の横に寒い光を放ているのを見る。 風が今にも梢から月を吹き落しそうである。 突然又野に出る。 君はその時、 
   山は暮れ野は黄昏のすすきかな
の名句を思いだすだろう。

国木田独歩『武蔵野』より

”山は暮れ〜”は与謝蕪村の句。岩波文庫『蕪村俳句集』収録の「蕪村句集」に掲載された868句中、487句目に登場する。

「蕪村句集」に目を通したときには印象に残らなかった、868句中の一句に過ぎなかった句が、独歩の引用により、秋の武蔵野の情景と共に、私の中で特別な位置を占めるに至る。

要素を抜き出し、異なる文脈に投じることで、過去の作品の知られざる魅力に光が当たる。引用の美学は奥深い。

たとえ有名な作品を引用するとしても、有名ではない一節を引用したい。100人いたら99人は読み飛ばすかもしれない文章の中に、何かを見つけて、光を当ててみたい。それがこの日記で成功しているとは思っていないが、目指すところではある。

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色々な事情が重なり、今日はWi-Fi難民として生活する。ネットに繋がらないと何もできない(ような気がしてしまう)というのは、よく考えたら奇妙だ。

テキストを読んだり、音楽を聞いたり、映像を見たり、誰かと連絡を取るために、ネット接続は必須ではないのだから。

2022/07/04(日)