読書日記【027】相手を恐れさせよ

ワイシャツにスラックス姿の父親が、片手でゆっくりとサッカーボールを地に転がす。その跡を小さな子どもがよたよたしながら追いかける。広場の中心には空のベビーカー。その影がこちらに向って鋭く伸びる。

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《相手を恐れさせよ》と、ジュリヤンは急に本を遠くへ投げ出して叫んだ。《恐れさせておくかぎり、敵はおれに服従する。そのあいだはおれを軽蔑したりしないだろ》うれしさに感きわまって、ジュリヤンは、小さな部屋の中を歩きまわった。ほんとうをいえば、それは恋の幸福というよりも、自尊心の満足のためだった。 
 
《相手を恐れさせよ》ジュリヤンは得意になってくり返したが、得意になるのももっともだった。 《どんなにうれしいときでも、レーナル夫人は、おれの愛情が自分のよりすくないのじゃないかと心配していた。だが、こんどの場合は、おれの征服しようとしているのは悪魔だ。だから征服しなくてはならない》

スタンダール(著)/小林正(訳)『赤と黒』新潮社より

幸福と自尊心の満足は区別が難しい。

スタンダールは「情熱恋愛」と「自尊心を刺激する恋愛」について次のように語っている。相手が浮気したとき、前者であれば恋を殺すが、後者の場合は倍加する(嫉妬の苦しみが被虐的な快楽に転じることによって)、と。

恐怖による支配は、自尊心を満たすにはてっとり早いやり方だ。相手を自分の思い通りに動かしたければ、相手を服従させればよい。即効性の誘惑に負けて、ついそのようなやり方を選んでしまうこともある。中長期的には逆効果だとしても。

相手を支配するようなやり方は浅はかで悲しい行為だが、相手に何かを求める気持ちがなくならない限り、その選択肢を完全に追い払うのは難しい。そもそも、支配欲と完全に無関係なコミュニケーションなどありえるだろうか?

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山下達郎特集の雑誌を読んでいたら、細野晴臣山下達郎について語るインタビュー記事があり、夢のくだりで笑ってしまった。夢の中で、山下達郎に「細野さんは自分のやってきた音楽を自分で検証してるか?」と尋ねられたそうである。

2022/07/10(日)