2022-07-01から1ヶ月間の記事一覧

読書日記【029】整理し目を通す

しとしと雨が降る。シルクのようになめらかな海を、ビルの屋上から老人たちが無言で見つめている。 *** ロイトハマーの遺稿を整理し、目を通すこと、整理することと目を通すこと、この二つのことばかりを私は考えていた。誰にともなく私は整理し目を通すとく…

読書日記【028】翻訳して届けてくる

喉が渇き、夜更け、自動販売機を探し歩く。大通りの灯りが次々と消え、24時間営業のコインランドリーの明るさだけが街に残る。店内で漫画雑誌を読み耽る男が一人。 *** わたしたちの聞く雨は滴り落ちる水の静寂ではなく、雨が出くわすさまざまな物体が翻訳し…

読書日記【027】相手を恐れさせよ

ワイシャツにスラックス姿の父親が、片手でゆっくりとサッカーボールを地に転がす。その跡を小さな子どもがよたよたしながら追いかける。広場の中心には空のベビーカー。その影がこちらに向って鋭く伸びる。 *** 《相手を恐れさせよ》と、ジュリヤンは急に本…

読書日記【026】洋燈の力の届かない

プールサイドに一匹の蜻蛉がやってくる。はるかさきの崖に、とんびの滑空する影が落ちる。崖の上にはがらんどうの邸宅が並ぶ。 *** その時彼は縁側へ立ったまま、「どうも日が短かくなったなあ」と云った。 やがて日が暮れた。 昼間からあまり車の音を聞かな…

本の紹介:読書日記から5冊【016-020】

過去の読書日記に引用した本について、5冊分まとめて紹介。 【016】ジョアオ・ビール『ヴィータ 遺棄された者たちの生』 【017】ビアゼットン 『美しい痕跡 手書きへの讃歌』 【018】レベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史』 【019】ナフィー…

読書日記【025】名句を思いだす

朝、くすんだ色の雲が幾重にも塗り重なり、霧のような雨が降る。道行く人は誰も傘を開かない。遠くで幽かにセミの鳴く声がして、イヤホンを外す。 *** 日が落ちる、野は風が強く吹く、林は鳴る、武蔵野は暮れんとする、寒さが身に沁む、その時は路をいそぎた…

読書日記【024】新婚旅行

夜、海辺の方角に柔らかな橙色の明かりが灯る。海の家の営業が始まったか。近づいてみると、公衆便所の灯りだった。 *** やがて二人は結婚したが、お金がないので新婚旅行はちょうどそのころミラノで開通したばかりの地下鉄に、都心のドウオモ駅からサン・シ…