2022-06-01から1ヶ月間の記事一覧

読書日記【023】両手の物語

日が暮れたあとの街をみんながぶらついている。縁側で西瓜を食べる子どもたちもいて、絵に描いたような夕涼みの場面。 *** ウィング・ビドルボームは両手でたくさんのことをしゃべった。その細くて表情豊かな指、常に活動的でありながら常にポケットのなかか…

読書日記【022】勝利の栄冠

二人の男女が裸足で浅瀬に立っている。手を繋いで、海の向こうを見つめている。夕暮れの海風が吹き抜けて、二人の白い髪がなびく。囁きあう声はこちらには届かない。 *** もはや征服すべき国がなくなったアレクサンダー大王が号泣したことは誰でも知っている…

読書日記【021】罠に身体を預けたまま

通りに男がたたずんでいる。旅館の庭先をただ凝視している。くもり空の下でいびつなほど鮮やかなレモンイエローのジャージ。すれ違いざま彼の見つめる先を一瞥すると、庭木に生るコケモモの実だった。 *** マスターが見抜いた少年の最もすぐれた能力は、彼が…

読書日記【020】ドア・ストップのように

暮合いの海辺で、小さな双子がぴょんぴょん飛び跳ねているのを見る。波が押し寄せてくるたびに飛び上がり、キャッキャと歓声を上げる。それを飽きずにくり返している。日が落ちるまで。 *** 幸福は時を引き伸ばす。毎日が一遍の長編小説のように長く感じられ…

本の紹介:読書日記から5冊【011-015】

過去の読書日記に引用した本について、5冊分まとめて紹介。 【011】ミラン・クンデラ『笑いと忘却の書』 【012】ジャンシー・ダン 『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』 【013】コンラッド『シークレット・エージェント』 【014】コーマック・マッカ…

読者日記【019】古典作品の魅力

夜中、窓を開けて外の空気を吸う。雨、しっとりとした夜気。金魚鉢からあぶくのはじける音がする。 *** 作品の選定基準のひとつは、作者が文学の決定的な力、ほとんど魔術的な力を信じていることだと述べ、十九歳のナボコフを、ロシア革命のさなか、弾丸の音…

読書日記【018】人の温もりを浴びる術

昼に家族と散歩する。雲と雲の間の底に青空が見える。電線の上に一羽の鳥が止まる。あれは山鳩ではないかと噂する私たちの頭の上で、鳥がトゥートゥーットゥトゥーとやりはじめる。 *** 成人後の生活でキエルケゴールが客を招くことはほとんどなく、実に生涯…

本の紹介:読書日記から5冊【006−010】

過去の読書日記に引用した本について、5冊分まとめて紹介。 【006】ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』 【007】朝吹真理子『だいちょうことばめぐり』 【008】ツヴァイク『チェス奇譚』 【009】オルガ・トカルチュク 『逃亡派』 【010】ローベルト・ヴ…

読書日記【017】小さなひと手間

穏やかな海、白糸のような雨。途中駅で修学旅行生の団体が搭乗、電車の中はにわかに騒がしくなる。走行中、学生たちの鞄から吊るされたJTB社のタグがゆらゆら揺れる。 *** けれども内容に感情が関係するときには、小さなひと手間が喜びを生む。痛みのない、…

読書日記【016】つかず離れず

砂浜に海の家の骨組みが。雲間から朝日が顔を出すと、渚を散歩していた人びとは蜘蛛の子を散らすように消えた。 *** 何を書いているんだい?「これはわたしの辞書よ」とカタリナは答えた。「言葉を忘れてしまわないように書いているの。わたしが今かかってい…

読書日記【015】暴力にたよる以外の

コンビニエンスストアでひまわりの花束を買う客を見かける。真紅の薔薇の花束を買う客も。売り場には色々な花が。その中に淡いピンク色の紫陽花があった。札には”アフタヌーン・ドリーム”と書かれている。 *** 庭は植物による侵略の働きを管理できるだろうか…

読書日記【014】覚悟を決める

砂浜は真夏の海水浴のよう。炎天下の駐車場で車座になる若者たちと、濃紺色のコンクリートに散るミモザの黄色い花びら。 *** 過去の不正がどう正されるというのかね? もう存在しない事柄に対して償いなんてありうるのかね? どうだい? 無理に償いを求めた…

読書日記【013】我慢強さ

日が落ちた後は、ベランダの窓をそっと開く。木々のざわめき、国道を走るバイクの音、年老いた犬の遠吠え。腕の中の赤ん坊は天井を見つめている。 *** 逆境でも努力を重ね、貧窮に耐え、社会でのし上がるために懸命に働いたあげく、自分の価値を過大に評価す…

本の紹介:読書日記から5冊【001-005】

過去の読書日記に引用した本について、5冊分まとめて紹介。 【001】劉 慈欣『三体III 死神永生 下』 【002】ブコウスキー『死をポケットに入れて』 【003】菊地成孔『次のオリンピックが来てしまう前に』 【004】アシュリー・ミアーズ 『VIP グローバル・パ…

読書日記【012】心の中の声を止める

からっと晴れた青空。モノレールに乗る。軌道と並走する電線を窓から目で追う。線上で羽を休めるカラスが一匹、二匹、三匹。反対側の窓外は、無数の一軒家が地平を埋め尽くすひと昔前のニュータウン。 *** 「自分から何か言いたい、でも、人の話も聞かなけれ…

読書日記【011】素晴らしい連帯

しとしとふる雨。晩から明朝にかけて強風警報発令。これから強風で雨が激しくなるのかと思うと、ポストに手紙を投函しに家を出る気が失せる。結局、外出せず。 *** エドヴィッジと彼、ふたりは一度も互いに理解し合ったことがなかったが、しかしいつも意見が…

読書日記【010】感謝の気持ちを示す

晴れた日の翌日は雨が降る。雨が降る翌日は晴れる。今日は快晴。自転車で二つの山を駆け上り、電車を乗り継ぎ、家族が入院する病院へ。 *** わたしはまだ生きていてそのことに感謝している、自分自身を裏切らず生きていこうとすることでその感謝の気持ちを示…