本の紹介:読書日記から5冊【016-020】

過去の読書日記に引用した本について、5冊分まとめて紹介。

【016】ジョアオ・ビール『ヴィータ 遺棄された者たちの生』

 

ヴィータ ――遺棄された者たちの生

詩のつもりで書かれていない言葉が、ときに詩のような美しさを湛えることがある。

カタリナの『辞書』もそれで、最低限の読み書きも覚束ない彼女が、人や場所、病気などの名前を忘れないように書き留めたノートのことを、彼女はそう呼ぶ。その単語の連なりは意外性に富み、詩のようなきらめきと強度が言葉に宿る。

本書は、ブラジル南部の保護施設”ヴィータ”に入所するカタリナが社会から「遺棄」された経緯に光を当てる。背景にある社会構造を知った上で『辞書』を読み返すと、ただの単語の羅列に、社会から疎外されてもなお生きた痕跡を残そうとあがく人間の姿が重なる。

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【017】ビアゼットン 『美しい痕跡 手書きへの讃歌』

 

美しい痕跡 手書きへの讃歌

 

文字を美しく見せるための手法をカリグラフィーと呼び、その専門家をカリグラファーと呼ぶ。西洋や中東で脈々と受け継がれており、たとえばファッションブランドのディオールは、店舗にカリグラファーが常駐し、客が選んだ言葉を手書きで書く。

本書は手書きの価値の見直しを読者に提案する。著者はイタリアのカリグラファーだが、カリグラフィーにその価値を限定しない。切れ端のメモ、チラシの裏に書かれた伝言、持ち物や衣服に書かれた名前なども、その人が生きた瞬間をとどめる痕跡として称揚する。

デジタル時代における手書きの省略は「時間を節約しているようで、学んだり、想像したり、考えたり、他人と関わったり、退屈したりする時間を犠牲にしている」という意見など、生活を見直す手引としての読み方もできる。

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【018】レベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史』

 

ウォークス 歩くことの精神史

本書は「歩行」が人類にもたらした精神的変容の歴史を、古今東西の哲学者や作家の考えを紹介しながら概覧する。文化的な行為としての「歩行」が意識される、近代以降の西洋の記述が中心だ。

中世までの外出は危険を伴い、歩行の自由は限定的だった。聖地巡礼、社交目的の庭園の遊歩、原野の自然美の発見、政治的主張など、人類は「歩行」に新たな目的を見出す度、歩く場所とその自由を拡大してきた。

私たちは現在、街角を気ままに散歩することができるが、その楽しみが先人たちの様々な「歩み」の上で成り立っていることが分かる。

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【019】ナフィーシー『テヘランでロリータを読む』

 

 

テヘランでロリータを読む (河出文庫)

本書は、文学への愛をよすがに過酷な生を生きぬく者たちの回想録である。

不当逮捕公開処刑が横行し、内ゲバや戦争に疲弊する革命後のイランで、禁じられた英米文学を学生に伝える著者。

彼らは『ロリータ』に国家の指導者の姿を見出し、『ギャツビー』に革命の挫折を重ね、『デイジー・ミラー』からしきたりにそむく勇気を得る。

人生を賭した彼らの読解から、読者は文学の力を発見するだろう。それは次の一節に凝縮される。

 ”あらゆる優れた芸術作品は祝福であり、人生における裏切り、恐怖、不義に対する抵抗の行為である。”

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【020】イーディス・パールマン『蜜のように甘く』

 

蜜のように甘く

諦念と官能の短編集。

特筆すべきは、官能をあくまで上品に描くその技巧にある。決定的な瞬間は描かず、その予兆を視線や仕草の描写でほのめかす。余分な説明は大胆に切り捨て、余白には倦怠を滲ませる。

短編「石」の、女性が床に落とした眼鏡を男性が代わりに拾う場面はその白眉だ。

”彼は落ちた眼鏡を拾い上げ、レンズに触れずにつるを畳み、親指と中指で環の形を作ってブリッジのところを摘まみ、彼女に差し出した。その瞬間、眼鏡がないとあなたの眼は表示灯のように光るね、と言われたことがあった、その輝きが放たれた。”

 

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