読書日記【024】新婚旅行

夜、海辺の方角に柔らかな橙色の明かりが灯る。海の家の営業が始まったか。近づいてみると、公衆便所の灯りだった。

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やがて二人は結婚したが、お金がないので新婚旅行はちょうどそのころミラノで開通したばかりの地下鉄に、都心のドウオモ駅からサン・シーロの終点まで乗るんだと言って、みなを笑わせた。笑われたふたりは、しかし、全く本気で、書店のとなりのサン・カルロ教会で式を挙げた後、小さな花束を手に、めずらしくスーツなど着込んだルチッラと、慣れないネクタイを不器用にむすんだマッテオがしゃんと直立して、ではこれから行ってきます、と書店の入口のところで宣言すると、皆の胸がちょっとあつくなった。

須賀敦子『地図のない道』新潮社より

ちびまる子ちゃん』のアニメで、山田が電車に乗る回があった。困っているお年寄りを助けた山田が、お礼に100円玉をもらう。山田はその使い道を少し思案した挙げ句、駅に行き、一駅分の切符を買って電車に乗る。

幼児のように車窓に顔をひっつけて、外の景色を楽しむ山田。その場面には軽い衝撃があった。電車を単なる移動手段ではなく、いわばアトラクションとして、乗車そのものを純粋に楽しんでいる無垢な姿が新鮮だったからだ。

移り変わる景色を眺める行為には、原初的な歓びがあると思う。移動や旅の快楽の根源。散歩が気晴らしになる理由。その歓びが深いほど、その移動は特別な経験になる。距離の長短とは無関係に。

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今夜からツール・ド・フランスが始まる……!

2022/07/01(土)